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| 正しい教えを守る王に対して逆らう賊が起こるか、あるいは外国から攻め侵すものがあるときは、正しい教えの王は三種の思いを持たなければならない。 それは、第一には、逆賊または外敵は、ただ人を損ない人民を虐げることばかりを考えている。自分は武力をもって民の苦しみを救おう。 第二には、もし方法があるなら、刃を動かさないで、逆賊や外敵を平らげよう。 第三には、敵をできるだけ生け捕りにして、殺さないようにし、そしてその武力をそごう。王はこの三つの心を起こして、それから後に部署を定め訓令を与えて戦いにつかせる。 このようにするとき、兵はおのずから王の威徳をおそれ敬ってよくその恩になずき、また戦いの性質をさとって王を助け、そして王の慈悲が後顧の憂いをなくすことを喜びながら、王の恩に報いるために戦いに従うから、その戦いはついに勝利を得るだけでなく、戦いもかえって功徳となるであろう。 |
| 仏教聖典〈生活の指針・もろ人のために〉より |
〜特別掲載〜
| 2024年1月16日〜3月10日 東京国立博物館(平成館) |
| 「本阿弥光悦の大宇宙」特別展 |
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| 展覧会場で頂いたパンフより |
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| 「本阿弥光悦の信仰と芸術」特別講演 令和6年 1月19日 於:立正大学ロータスホール |
| ◆京都法華町衆の勃興と興隆 栗原啓允 氏 日本文化芸術の礎 事務局員 日蓮聖人から、都である京都への布教を託された日像上人、40年の歳月を経て妙顕寺を建立、以後、法華信仰に篤い、京都町衆の外護により当時21もの日蓮法華宗の本山が台頭 京都五山や鎌倉五山など(官立寺院) 権門→寺院 ←→ 寺領 寺院護持 日蓮法華宗の本山(市立寺院) 信徒達の信仰の深さ、信徒の多さ、富裕な信徒の存在 信徒が→信徒の私財を寄進 → 寺院の開創・護持 平安時代から戦国時代まで「座」の存在 主に商工業者や芸能者による同業組合で組織され、貴族・寺社に金銭を払う代わりに営業や販売の独占権などの特権を認められた 本山を支えた当時の日蓮法華宗の中核は、この「座」を基とした商工業者 いわゆる“町衆”と呼ばれた階層による ◆本阿弥家と京都本法寺 安中尚史 氏 立正大学 仏教学部教授 本阿弥光悦 筆 如説修行抄(重文) 法華題目抄(重文) 作 小野道風筆「妙法蓮華経」の箱 (重文) 筆 小野道風筆「妙法蓮華経」箱の寄進状(重文) 他 合計24件に及ぶ本阿弥光悦の筆、作による宝物を本法寺が所蔵 格護 ◆京都法華町衆と光悦芸術 松嶋雅人 氏 東京国立博物館 学芸企画部長 マルチアーティスト・マルチプロデューサー光悦 1 刀剣三事(磨礪・浄拭・鑑定)を家職(家業)とする名門一族・本阿弥家の生まれ 徳川将軍家、加賀前田家との深い繋がり 家康に京都所司代から「異風者」と評じられる 2 能書(書の達人) 「光悦流」という一大潮流をつくり出した 光悦の書は 巧みな筆遣いでしたためられた数多くの和歌巻や和歌色紙が知られる 3 光悦蒔絵 大胆で奇抜な意匠の国宝「船橋蒔絵硯箱」など 4 茶の湯と作陶 茶会により 公家 武家など階層を超えて交流 楽常慶 道入とも親交し、自ら手捏ねした楽茶碗の優品の多くが現在にまで伝わる 5 光悦と角倉素庵とが出版したとされる「嵯峨本」 料紙と装丁に意匠を凝らしたもので なかでも「光悦謡本」は豪華な装本である しかし近年 光悦の関与に疑問譜も出る 6 能に精通 能面も制作したという さらに作庭などにも関わったとされる 光悦芸術の意味 〜光悦が篤く信仰する日蓮法華宗〜 ●日常生活そのものが功徳となり 現実の暮らしそのものが寂光土 ↓ ●光悦の関わった造形(京都法華町衆たちが作ったもの)は日常生活の結実 ↓ ●今 我々が目にする品々は「娑婆即寂光」のあらわれ ◇娑婆即寂光〜煩悩や苦悩に満ちた凡夫が住む娑婆世界(現実世界)が 実は 久遠から常住する仏の住む寂光土である 光悦が造りあげた品々は 日々の信心の結果 以上、特別講演のレジュメ(小倉 孝昭) |
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月の初めには、新たな絵を更新してまいります。 住職 合掌