長崎・男児誘拐殺人事件

遺族の意見陳述

父・種元 毅さん

 私たち夫婦は日本中を震撼させ恐怖のどん底へ落とし入れた殺害事件に巻き込まれ、世界で最も愛する息子を失いました。

 世界でたった一人の明るく元気いっぱいの本当に子供らしいかわいい息子、生まれた日からずっと一緒で、何をするのも何処へ行くにもいつでも私たちの間には息子駿がいました。

 駿は日に日に成長し幼稚園でもいろんなことを覚えたりお友達をたくさん作ったりと毎日楽しそうに私たちに話しをしてくれました。私が仕事へ出かけるときにはいつも玄関で「いってらっしゃい」と見送ってくれ、帰ってくると「お帰りなさい」と出迎えてくれ仕事の疲れも駿の笑顔と元気な声で癒されました。毎日毎日幸せな日々を送ることが出来、私たちは日本一の幸せ者だと思っていました。

 これからの成長、いろいろな事に挑戦しがんばる姿を想像し、私にとって駿は夢そのものでした。その夢を打ち砕かれ深い悲しみの中へ突き落とされた私たちは突然の出来事で駿がいなくなったという現実が、頭ではわかっていますが心が受け入れることが出来ずに毎日毎日駿に会いたいという思いでいっぱいです。この先、駿がいない人生をどうやって生きていけばよいのか、そんなことを考えると本当に辛く悲しくなり、まだこれからのことを考える余裕すらありません。

 ただ言えるのは、駿にこんなひどい殺し方をした少年をぜったいに許さないという怒りでいっぱいということだけです。

 十二歳の少年に殺された駿、普通であれば刑事罰が下され、顔や名前が公表され社会的制裁が科せられるのに、十二歳ということで少年法に守られて全てが明かされることがない現実があるのです。

 私たちにとって息子駿を殺した相手が何歳であろうが全く関係のないことで、極刑以外に納得できる処分は他にありえません。たとえ極刑が下されたとしても駿が戻ってくることはないし、私たちの傷が癒されることはないのです。

(一部削除)

 このようなことが平気で出来る人間は人間ではありません。人間の仮面を被った悪魔です。人の痛みや悲しみを感じることが出来ない人間、(一部削除)、幼く尊い命を奪った人間がどうして罰せられないのか私には理解出来ません。今の法律がこの少年を守るのであれば、私が少年に罰を科したいとさえ思います。私は今まで人を恨んだことはありますが殺したいと思ったことはありませんでした。しかし息子が殺されて初めて人を殺したいという思いが込み上げてきました。駿と同じようにこの少年を親元から引き離し、(一部削除)、屋上から突き落としてやりたいと考えてしまいます。そんな事をしても駿は戻って来ないし駿が喜ぶはずはないということは頭の中ではわかっています。

 しかし、この先少年は真の更正施設とはいえない施設に入り、何年か後にはまた普通の社会に戻り何事もなかったように普通の生活をしていくのです。少年は自分が犯した罪の重さや人の命の尊さ、駿の無念な思いや残された私たち遺族の深い悲しみ、社会に与えた恐怖などを真剣に考えて更正してくれるのでしょうか。また更正したかどうかの判断は一体誰がどのような形で下すのでしょうか。もし更正することなく施設を出て社会に戻るのであればそんなことはぜったいに許されません。

 私たちは駿を失った悲しさと一生向き合って生活していかなければならないのです。この悲しみが消えることはありません。これからもずっと苦しい思いをするのです。

 また少年の両親はこの事件についてどう考えているのか、私には全く理解出来ません。自分の子供が殺人を犯したことを信じられないという理由だけで一月半以上も現実から目を背け、何処にいるのかさえわからないように雲隠れした卑怯な行為は許すことが出来ません。また私たちが望む形での謝罪さえしようとはしていないのです。

普通であればもし自分の子供が殺人を犯したならばまずは被害者に謝罪をするでしょう、受け入れられないことはわかっていてもまずは謝罪に行くはずです。もし今回少年の両親がすぐに謝罪をしたならば私たちは謝罪を受け入れたと思います。しかし事件から二ヶ月近く逃げ回り、ようやく居所がつかめるようになったと思うとたった一通の手紙を寄こそうとする、これでは全く謝罪の意思を感じることが出来ず逆に強い憤りを感じます。私たちは手紙を受け取りそれで謝罪されたとは到底思いたくもありませんし、本当に謝罪する意思があるのなら公の場で駿に、私たちに、そして日本中のみんなに対し謝罪してもらいたいのです。それくらいの覚悟がないと本当に謝罪の意思があるのか信用することはできません。

 私は、少年が刑事罰を受けることがなく、犯した罪への責任がとれないのであれば、少年の両親が責任をとるべきであると考えます。少年に極刑が科せられないのであれば、少年の両親に極刑が科してもらいたいと思います。両親には死んで駿や私たちに償いをしてもらいたい思いです。しかし死ぬことによりまた現実から逃げるのではなく、これから先長い人生のある少年と少年の両親には、少年の犯した殺人、あなた方のとった言動がどれだけ息子駿や私たち遺族を苦しめているのか、また社会に対しどれだけの不安、恐怖を与えたのかについて冷静に目を向けてもらいたいし、反省し謝罪してもらいたいと思います。あなた方は一生償いをしなければならないのです。

 最後に今回の少年事件、特に今回のような十四歳未満の者による殺人事件において現行の法体系では被害者側が必要以上に苦しみ、加害者側が必要以上に保護されることが明白になったと思います。本来法律は加害者を厳しく律し、被害者側を助けるものでなければならないと思います。

 もちろん、法体系が改正されるだけでは事件の根本的解決にはなりえないと思います。ただ今の法体系には更に改正の余地があることは確かです。すべてが闇に隠されて公には一切公表されない現実、どういう家庭環境で育ちどういう教育を受けどんな精神状態の時に犯罪に走るのか、世の中の誰もが不安に感じていることだと思います。今のままでは息子駿の死が無駄になり時間が経つにつれ事件は風化し、また同様な事件が発生すると思います。せめて事件に関する事実と今回少年の精神鑑定の結果が公の場で公表され、世の中の人みんなが教訓とすることにより、安心して暮らせる世の中にしてもらいたいと切に願います。

 もう二度と私たちと同じ苦しみ・悲しみを受ける人が出ませんように。また同様な事件が発生しても、法体系が改正され必要以上に苦しむことがないよう希望します。

 息子駿の死が無駄になりませんように、心から願います。

 平成十五年 九月二十四日
 父 種元  毅 


母 圭子さん

 小さな命を身ごもった時、母になる喜びとこれから育てていかなければならないという期待と不安の中、初めての子供として息子駿は無事生まれました。ハイハイするのはいつだろう?歩き出すのはいつだろう?言葉を覚えて会話できるようになるのはいつだろうなどと駿のこれからの成長を私たち夫婦はもちろん、周りの人みんなが楽しみにしていました。駿は日々大きくなり本当に誰からも可愛がられ素直で優しくて元気のいい男の子になりました。

 四歳になる少し前、駿にも妹が出来、毎日毎日妹寧々の頭を撫でながら「かわいいねぇ、かわいいねぇ」と何度も言ってくれました。ここ最近妹の寧々もつかまり立ちを出来るまでに成長し、やっと兄妹一緒に遊び始めたばかりでした。その一緒に遊んで笑っている様子を見ながら主人と二人「本当に幸せやねぇ」って心が満たされる毎日でした。

 二人の生活から息子駿が生まれ、妹寧々が生まれて家族が増えるたびに幸せも倍に倍になって行きました。主人は家族を大切にしてくれる人で週末は必ず四人で過ごしました。どこに行くにもみんな一緒でこの幸せはずっと続いていくものだと思っていました。しかし、この幸せは突然駿の死という悲しい現実となって奪われてしましました。

 駿と過ごした日々はたった四年八ヶ月です。余りにも短すぎます。駿が亡くなったとわかってはいても、そこら辺りからひょっこり帰ってくるような気がしていつも主人に「今日、駿帰ってくるかなぁ?」なんて尋ねてしまうのです。姿のない駿をいつも追い続けて辺りを見回す自分がいます。駿は二度と私たちのもとに帰ってくることはないとわかってはいるんです。でも突然駿を失ったショックで気持ちの整理がつかないんです。一番の望みは駿を私たちに返してほしいということです。でもそれは無理な願いで、いくら会いたくても会えない、触れたくても触れられない、どこでもいいから直接駿を感じたいのにそれが出来ないのです。絶対に叶わない願いを毎日毎日持ち続けることになるのです。

 記録を入手した時、正直読みたくはありませんでした。我が子がどんな殺され方をしたのかという現実を受け止める自信がありませんでした。しかし事実を知ってあげなければ駿が味わった恐怖・苦痛を分け合えないと思いました。記録には少年が犯した冷酷で残酷な行為が詳細に記されており、読み進めるにつれ本当に辛く悲しく、そして少年やその両親に対して激しい憤りをおぼえました。幼い子を殺したのに(一部削除)少年、また子供が殺人を犯したこと(一部削除)両親。

 (一部削除)している、何とも例えようの無い怒りが込み上げてきます。少年が接見した弁護人へ述べた「犯行時、自分がわからなくなった」という言葉は全く信用できません。記録において(一部削除)こと、殺人を犯した(一部削除)ことを考えると少年の言葉はただの言い訳としか思えないのです。記録には、少年の母親は(一部削除)と記されていました。この言葉が殺人を犯した少年の母親の責任として、また無惨に殺された駿への償いとしての意で述べた言葉であるとするならば、(一部削除)というのであればそれはそれで結構なことと思いました。そしてまた少年の父親は記録の中で謝罪の意を述べているようですが、それならば何故一分一秒でも早く私たちに直接謝罪を形にしなかったのでしょうか。私たちはあなた達に早急に謝罪をするよう求めました。それなのに長い時間が経ってからたった一通の手紙だけ寄こされても私は納得できません。それにそれまで所在さえわからないような逃げ隠れした現実から目を背けたとも思える卑怯な行為、許すことはできません。私は少年とその両親、あなた達を絶対に許しません。一生恨み続けることになると思います。

 私たち家族は、つらくとも現実を真っ向から受け入れようと毎日毎日支えあって過ごしています。娘寧々はまだ一歳になったばかりで兄駿の存在さえ記憶には残らないと思います。しかし何年か経って兄駿の存在を知り、事実を知った時にこの子が受けるショックを思うと本当に辛いのです。私たち夫婦だけでなく生まれたばかりの妹寧々もまた辛く悲しい現実を背負っていかなければなりません。殺人を犯した少年とその両親は私たち家族を一生苦しめていくのです。

 事件の事を考えながら何故駿だったのか。何故殺されなければならなかったのか?そう思うと辛くて辛くてたまりません。一番辛い思いをした駿の気持ちは母親の私にでさえ、はかり知ることは出来ません。出来るものなら、駿がされたことをそのまま少年にも味わわせてやりたい憎しみの気持ちでいっぱいです。(一部削除)駿を殺した少年、たとえ子供であろうが殺人者は殺人者です。決して許すことはありません。

 変わり果てた姿で帰ってきた駿は棺の中に横たわっていました。かわいい駿の顔は傷つけられて本当に痛々しく、亡くなってからもなお、当てている枕が赤く染まっていきました。駿の頭を撫でてあげたくても、痛がっているような感じがして撫でてあげることさえも出来ず、手を握りしめることだけが私が出来る精一杯のことでした。つい先日までは寝息を立ててすやすや寝る駿がいたのに、今はもう寝息をたてるどころか瞬きさえしてくれません。初めはなかったはずの駿の瞳に涙がいっぱい溜まっていました。駿は本当に本当に悔しかったのだと思います。私はそんな駿に「守ってあげられなくてごめんね。痛かったね、怖かったね、辛かったね、悔しいね」の言葉しかかけてあげることしか出来ませんでした。

 (一部削除)と言った少年の事を少しも疑わず、手をつなぎ楽しそうにアーケードを歩く駿の姿を私たちは警察署で確認しましたが、私はこの先起こる恐ろしい現実を幼い駿が知らないと思うと胸が張り裂け、悔しくてたまりませんでした。

 駿は買い物で立体駐車場に行くと必ずお空が見える屋上がいいと言っていました。お空が見える大好きだった屋上から突き落とされたのかと思うとただただ涙が溢れてきます。私たち家族の誰からも看取られることもなく、幼い駿はたった一人で旅立っていったのです。

息子駿の尊い命を奪った少年は十二歳という年齢だけで刑事罰を受けることはありません。(一部削除)。この冷静とも思える態度には本当に腹が立ちます。もし少年が刑事罰を科せられる年齢であればもっと重い処分となっているのです。今の法律では加害者の少年は保護されすぎているとしか思えません。殺人という重罪を犯した人間が法律の不備により罪の重さに応じた処分を受けないということはそれだけで私たち遺族にとって堪えがたい苦しみをもたらすのです。

 私たち以上に命を奪われた息子駿が悔しくて残念に思っていることと思います。この先少年は更生に向けての生活を送るためどこかの施設に行くことになるのだろうと思います。報道において専門家の意見がなされているのを見聞きする限り、少年が送られるであろう施設では殺人という重罪を犯した人間が真の更正をすることは不可能と言われています。このことさえ私たち遺族にとっては大きな苦痛となります。このような施設で一体何を基準に少年は更生したと判断するのでしょう。罪を犯したことへの公開・反省・償いをしなければ真の更正にはつながりません。

 現在少年は鑑別所にいますが、事件のこととなると口をつぐんで話したがらない、現実から逃げようと思えるような態度、本当に腹が立ちます。私は少年にわからせたい。少年が犯した罪の重さ、駿の味わった悲しみ・苦しみ・恐怖、そして私たち遺族の悲しみ・苦しみ。少年と少年の両親には、少年が犯した罪への償いを一生してもらいます。

 私たち遺族は下される審判に従うしかありません。しかしこれだけは裁判長をはじめ裁判官の方々に申し上げておきたいのです。

 十二歳の少年であろうが、私たちの大切な駿の命を奪った罪は重く、今でも極刑にして欲しいことに変わりありません。でも今の法律ではそれが不可能ということもわかっています。魂だけとなった駿がこの世に未練を残すことなく天国で仏さまとして私たち残された家族を見守ってくれるよう、最も重い処分を科して頂くよう切に希望します。また四年八ヶ月という余りにも短い時間でありましたが、息子駿はこの世に生を受け、一生懸命に生きていたのです。輝かしい駿の未来は十二歳の少年によって無惨にも奪われましたが、駿の死が無駄になることのないよう絶対に無駄になることのないよう、今回の事件を機に原稿の法体系についての議論がなされ、被害者側に重点を置いた法体系に改正されますよう希望します。

 また今後同様な事件が起きないよう、また起きたとしても被害者が必要以上にくるしまなくていいように今回の事件についての記録や情報が可能な限り公にされますよう希望します。

 平成十五年 九月二十四日
 母 種元 圭子


祖父

 この度の幼児誘拐殺人事件で幼くして殺された種元駿の祖父であります。私の現在の心情は非常に複雑ですが、出来る限り正直に述べさせて頂きたいと思います。

 駿は私共の初孫として、平成十年十月十二日誕生しました。娘は産後の静養のため親子で里帰りして参りました。その後、父親の仕事の都合で単身赴任が決まり私共と生活をすることになりました。その間、駿は寝返り、はいはいを出来る程成長しました。私も実の子供のような気持ちで娘と共に育てました。ちょうどその頃、巷では「孫」という歌が流行っており「何でこんなにかわいいのだろう、孫という名の宝物」という歌詞はまさに私共のための歌ではなかろうかと思ったほど駿はかわいい孫でした。

 父親の単身赴任も終わり、三人が自分たちの生活へ戻った後もことあるごとに私共の所へ来てくれ、その度に駿は大きくなっておりカタコト言葉から始まり短い言葉も話せるまでになって私のことを「ジージ」、妻のことを「バーバ」と呼んでくれ涙が出るほどうれしかったものです。四歳になるちょっと前に妹も出来て幼いながらも妹の寧々を非常にかわいがりお兄ちゃんぶりを発揮していました。娘夫婦はことあるごとに駿と寧々の成長ぶりがわかる写真を送ってくれました。その中の一枚の写真に駿の妹寧々が生まれたばかりの写真があります。その写真は、親子四人が嬉しそうに笑っている写真です。写真の端には娘の字で、「私たち四人家族になりました。とても幸せです。」と言葉が添えてありました。私も妻も写真を見て、娘夫婦が二人の親になり本当に嬉しく思いました。娘夫婦は四人で本当に幸せに暮らしていたのです。

 私共にとって最高に幸せな時期で、まさに二人の孫は目に入れても痛くないという言葉そのものでした。

 四歳のかわいい盛りのその孫が偶然出会った犯人にむごい殺され方をしたのです。娘夫婦はこの事件で最愛の息子駿を失い、奈落の底にいます。慰めてやりたくても、慰めの言葉が見つからないのです。もし駿が不治の病で亡くなったのであれば心の痛みは時間が癒してくれるのかも知れません。しかしながら、駿は病気で亡くなったのではないのです。(一部削除)という人間にころされたのです。

 駿が味わった痛さ、怖さ、悔しさ、また子供を奪われた娘夫婦の悔しさ、悲しさ、寂しさ、口惜しさを思うとこの手で犯人を殺して駿と娘夫婦の仇を打ちたいという衝動にかられます。日ごとに犯人への憎悪の念が強くなるのです。本当に呪い殺してやりたい気持ちです。

 私共にとって犯人は触法少年などと呼ぶような生やさしいものではなく、十二歳であろうとなかろうと駿を殺した殺人犯なのです。以下私が述べることは殺人犯(一部削除)、その両親(一部削除)に対して言いたいことです。

 今回の忌まわしい事件の内容を知るにつけ、お前は(一部削除)、痛がって泣き叫んでいる駿を生きたまま暗い屋上から投げ落とすという、非常に冷静で冷酷な犯行を犯している。(一部削除)ことを考えあわせると、付き添い弁護人の方が発表する「犯行時は自分がわからなくなった。駿ちゃんのお父さん、お母さんごめんなさい」というあたかも反省しているかのようなコメントは白々しく聞こえ決して信用できない。(一部削除)反対にコメントを聞くたびに憎しみが増すばかりで本当にお前を殺してやりたい。

 また息子が殺人を犯して逮捕された後調書では、親として一生かけて償いたいという供述をしているがその直後からお前らは代理人の弁護士の方々にさえも連絡が取れないような逃避行を続けて身を隠し、親として、保護者としての責任さえも放棄している卑怯者ではないか。自分の子供が殺人を犯したらすぐにでも被害者の前へなりふり構わず謝りに行くのが親として当然だと思うがそれさえもしなかった。そして、駿の四十九日の法要を済ませた頃になって、やっと手紙での謝罪を申し出てきたが、その手紙も弁護人の方々に催促されて書いたのではないのか。今更一通の手紙だけで謝罪すると言われても到底受け入れられるものではない。

 お前らまでもが少年法に守られているわけではないのだ。顔を出して誠意ある謝罪をしたらどうだ。

 お前らの息子の犯行が一瞬にして娘夫婦、私共夫婦および周りの多くの人々を一生かかっても忘れることの出来ない不幸のどん底に落としたかを考えたことがあるのか。これから何年かかろうとお前らに償いしてもらう。非常に口惜しくてまだ十分に言い尽くせないがこれ以上言葉を荒げると人なつっこくてやさしかった駿が「ジージ、もうその位でいいよ。」と言っているような気がするのでこれでやめる。

 娘夫婦と私たちの、駿に会いたい、駿の声が聞きたい、駿の肌を感じたい、駿の体温を感じたいという願いはもう叶わないのです。出来ないとわかっているのですが、この思いは毎日毎日つのっていくのです。この通じない願いに苦しんでいます。私たちには事件が起こる前のような心穏やかな生活は戻ってこないのです。

 最近気づいたのですが、やっと一歳になったばかりの駿の妹寧々が駿の仏壇の前に座るのです。最初はお供え物に興味を持っていたずらしているのかと思っていましたが、よく見ると小さな手を合わせて頭をちょんと下げるのです。おそらく、みんなの見よう見まねをしているのでしょうが、私たちにとってこの寧々の様子がなんとも言えない感情を呼び起こします。妹寧々が駿には兄駿の記憶が残ることはないのです。また、寧々が大きくなって兄の存在を知り、兄に起こった事実を知るときに受ける衝撃を想像すると本当に辛いのです。

 最後に、裁判を下される裁判官の方々にお願いがります。私が犯人親子に今言った内容は審判の場で必ず伝えていただきたいと思います。また、犯行を犯す瞬間はどんな人間でも正常ではなくなっているから犯罪が存在するのであって精神鑑定の結果がどうであれ、犯行時の犯人の精神が異常であったとの理由で罪が軽減されることがないようにお計らいください。犯人は少年法で十分過ぎるほど守られ処分の結果はある程度うかがい知れますが、審判を下される際にはこれまで述べた私共の心情をお汲み取りいただき犯人とその両親に犯した罪の深さと命の尊さ、人権の重さを知らしめ、そしてまた娘夫婦の心の傷が少しでも癒され、今は亡き駿に納得できる結果を報告できるような審判を下されますようお願い申しあげまして私の意見陳述を終わらせていただきます。

 平成十五年九月二十四日

 祖父母を代表して


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